OPTISHAPE-TS発売20周年記念コラム:OPTISHAPE-TSの歩みと開発秘話

第6話 幻のソフト ARE

はじめに

今回は OPTISHAPE-TS の歴史の中の 1 ページ、幻のソフト ARE(Adaptive Reverse Engineering の略でエーアールイーと読みます。以降 ARE) についてお話します。 確認した限りでは弊社交流会での発表実績もなく、恐らく本コラムで初めて見るという方が大半かと思いますので、幻のソフトと銘打たせていただきました。 先に結論を言ってしまうと、現在の S-Generator の礎となったのが本日紹介する ARE というソフトになります。

開発に至る経緯

まず ARE の話をする前に、このようなソフトの開発に至った経緯についてお話ししたいと思います。

時を遡ること十数年、私が入社したばかりの頃。当時の OPTISHAPE-TS には「最適化の結果形状をCADにしたい」という要望が頻繁に寄せられていました。 ここで一口にCADにしたいと言ってもその中身はお客様によって様々で、その内容は概ね以下のようなものでした。

そのまま設計に使用できるCADが欲しい

構造最適化を行った結果は、その後の工程で人の手でCADに落とし込んでいました。 であるならば、その工程をすべて自動化したい。要するに構造最適化の結果としてスケッチと押し出しなどの操作で出来た履歴付きのCADが欲しいという要望です。 究極の話であり実現は難しいと考えていますが、今でも要望として聞くことは多いです。

とにかくCADで読み込めるデータにして欲しい

解析専任者が構造最適設計を行い、その結果形状を設計者に渡す際にSTLファイルだと困るというお客様が一定数いました。 設計者が使うソフトウェアではSTLファイルを読み込めない、もしくは表示だけは出来ても寸法を得られない、 とにかくCADデータにしないと受け取ってもらえないなどなど、事情は様々ですが、とにかくCADモデルにしなければいけません。 また、社内規約として形状はCADデータで残す必要があるなんていう会社もあったように記憶しています。

トポロジー最適化の結果を解析したい、形状最適化の結果をリメッシュしたい

形状最適化のため、もしくはトポロジー最適化の確認解析のために結果形状をメッシュにしたいという要望です。 トポロジー最適化の結果形状は等値面すなわち表面のみが出力されるため、解析のためにメッシュを作成するためには一度CADにしてメッシュを切り直す必要がありました。 STLファイルの三角形から直接メッシュを切ってというやり方もありますが、出来るソフトウェアが限られていたり、メッシュが細かいとうまく切れないなど一筋縄ではいかない手法でした。 また、当時の OPTISHAPE-TS にはスムージング機能がなかったため、トポロジー最適化の結果を処理するためには表面三角形の後処理がどうしても必要でした。

細かくは他にもあるかもしれませんが、大きく分けると上記の3分類でしょうか。 形状を得る手段としての構造最適化に対して、得られた形状を活用する手段としてのCAD戻し。 構造最適化が普及すればするほど、後工程の要望が大きくなっていくのは必然ではありました。 そのような要望に答えるべく、弊社でも構造最適化の一環としてCAD戻しの検討がスタートしました。

他社ソフトウェアの検討と断念

世の中を見ると、計測の世界などをはじめとして類似のソフトウェアはいくつかありました。 既に市場にあるソフトウェアで十分に問題が解決できるのであれば、それをお客様に紹介して使っていただくという選択肢もひとつです。 ということで、弊社がまず行ったのは他社ソフトウェアの検討でした。

当時のくいんと交流会資料より

余談ではありますが、この他社ソフトウェアの検討は私が担当したのでよく覚えています。
このコラムを書くにあたり色々と確認したら、ちょうど入社したばかりの時の業務だったようです。 任された理由は入社したばかりで他に重要な仕事がなかったこと、 他のソフトウェアの経験もあまりなかったので新しいソフトウェアの検討にはちょうど良かったこと、そんなところでしょうか。

これらの他社ソフトウェアの検討結果の一部は、くいんと交流会などを通じてお客様にも展開いたしました。 複数のソフトの当時の検討結果を箇条書きにすると、例えば下記のようになります。 (※今回は特定のソフトウェアの批評を目的とはしていないため、あえて複数ソフトの検討結果を混ぜています。)

  • 現物データ用のソフトであるため、非常に細かい三角形を前提としている。解析用の非常に粗い三角形は得意ではない。
  • 元のCADを加工するツールであり元CADが必要。また、元のCADを加工するためトポロジー最適化には利用できない。
  • 作成した結果形状が自由曲面の貼り合わせとなってしまい、角が丸くなってしまう。
  • トポロジー最適化の後処理に必須であるスムージングや図形の編集ができない。
  • CADを一から作る場合と大差ない手間がかかる。
  • 弊社から販売した場合、弊社でのサポートに重大な懸念がある。

当時の最終的な結論としては、最適化のポスト処理として我々の要望を満足するソフトウェアは市場にはないという結論に達しました。

そのほか、お客様からの強い要望を元に「STLの三角形をそのままIGESにするツール」なんてものを作ったこともありました。 こちらも時間をかけて作ったものの、結局はお蔵入りになってしまいました。 大量の三角形から構成されたCADデータにCADソフトウェア側が対応しておらず、小さいモデルのIGESファイル読み込みだけで数十分。 そんな状態だった記憶があります。

そんなこんな紆余曲折の末、弊社独自のソフトウェアの研究開発が本格的に始まり、その最終的な成果が本日紹介するAREです。

Adaptive Reverse Engineering

開発経緯を紹介したところで、実際のAREを見ていきましょう。

外観を一目見ただけで個性の強いソフトであることがわかります。丸く縁取られたウィンドウ枠にややグラデーションのかかった縁取り線。 ボタンはマウスカーソルを当てると縦書き明朝体のツールチップが出現します。背 景は一見すると真っ黒のように見ますが、良く見ると 3D の押し出し文字で Quint と表示されている非常に癖のある背景。 開発中は曲面生成中に拘りのあるアニメーションが表示されたりなど、開発者の個性をふんだんに感じるソフトウェアになっています。

一方でGUIプログラマーという観点から見ると、一般的な標準ライブラリを使わずに自力で実装された機能の数々は地味ながら手間をかけて作られていると言えます。 角を丸くするであるとか、縦書き明朝体のツールチップであるとか、やろうとすると一つ一つが実は面倒な処理になっています。

ARE の操作風景(動画)

画像1枚だけでは面白くないので、一連の操作を動画にしてみました。これを見ながらAREの機能を紹介していきましょう。

S-Generator の源流だけあって、CAD曲面を作成する基本手順は現在と変わりありません。 折り目を付けて平面などの解析曲面を作成、スムージングをして三角形を滑らかにし、あとはボタンを押して待つだけです。 良く見ると、アイコンの意匠やモデルそして折り目の色は今の S-Generator に引き継がれていることがわかります。

とは言え、アンドゥが無い、選択面のみスムージングが無い、折り目が直線かどうかわからない、折り目の選択が遅い、曲面の生成も遅い・・・と、 最新の環境に慣れた身からすると、当たり前だと思っていた機能がないので実務で使うのは大変です。上記の動画も数回撮り直しをしています。

ちなみに、この ARE という名前にも経緯があります。この研究開発の最中、ソフトに正式な名前はありませんでした。 社内用といえども良い名前を付けるというのは存外に面倒な作業であること、そもそも開発中は開発者である石坂しか触れない状態だったので、 なんだかんだ社内では「あのソフト」とか「あれ」と呼べば通じてしまったことが理由です。 そして、いざ社外の人も触れる状態に仕上げるという段階になった時、開発者の石坂が面白がって「あれ」をそのまま名前にしたのが ARE です。 一応「Adaptive Reverse Engineering」の略称と如何にもそれらしい名前が付いていますが、どうみても後付けです。

OPTISHAPE-TS Surface Generator

ARE の成果を元に、最終的には OPTISHAPE-TS のオプション製品である OPTISHAPE-TS Surface Generator オプションが完成しました。 第4回でも紹介していますが、現在の S-Generator は、元々 OPTISHAPE-TS のオプション製品としての販売でした。

OPTISHAPE-TS Surface Generator 2013

最終的にどのようなソフトウェアが完成したのか、その特徴を簡単に紹介したいと思います。

解析曲面と自由曲面の混合

形の変わっていない場所は平面や円筒面などの解析曲面に、形が大きく変わったところは自由曲面で表現が出来ます。 得られるCAD曲面は解析曲面と自由曲面を混合しつつ隙間のない曲面群となっているので、CAD側の縫い合わせ機能でソリッドにすることが可能であり、 メッシュを切って再解析という流れを簡単なものにしてくれます。

有限要素モデルを前提としている

構造最適化の結果は計測データから得られた三角形とは性質が大きく異なります。 元がCADデータであるためガタつきがなく、三角形数も計測と比べると非常に少ないです。 そのため、例えば元々が円筒だった面が六角形で近似されるなどということが起こり得ます。 こうしたデータをうまく扱うことを前提とした機能は、現物のスキャンデータのような大量の三角形の集合を前提としているソフトウェアでは難しいものが多いです。

最適化の結果をCADに戻すことを前提とした三角形の編集

三角形を滑らかにするスムージング機能、綺麗な折り目を張るのに役立つ三角形のフリップ機能、三角形数の削減などの機能により、三角形を編集することが出来ます。 そのほか、三角形を平面にフィット、円筒面にフィットなどのCADに戻すことを前提とした三角形の編集機能は独特のものであると言えます。

三角形からCADを作るというだけなら似たようなソフトウェアはいくつかありますが、 構造最適化の結果を前提としているだけあって、我々にとっては使いやすいソフトウェアとなりました。 他の製品と同様に社内で作っているので、サポートや要望への対応が柔軟におこなえるという点も良いですね。

最後に

本ソフトにより OPTISHAPE-TS の幅が広がり、構造最適化で結果を得て、得られた結果の活用までトータルで提案することが出来るようになりました。

特に従来からお勧めしていたトポロジー最適化と形状最適化の組み合わせという点において S-Generator は威力を発揮します。 トポロジー最適化の結果形状から形状最適化の初期モデルを作成する際、S-Generator を用いない場合には 1 から CAD を作り、 境界条件などの条件を設定して、確認解析して・・・と早くて数日、長ければ1ヶ月近い期間がかかります。 その作業が S-Generator により半日から1日くらいの工数に短縮されました。

次回は 9 月に迫った今年のくいんと交流会の紹介をさせていただき、その次にはトポロジー最適化から形状最適化への歴史と題して紹介をしていきたいと考えています。

おまけ

ARE の曲面生成処理の最中に流れていた動画

こちらは ARE の開発中、曲面生成処理の最中に流れていた動画です。1つの文字の移動に20コマ、全部の文字が移動するとちょうど100コマであり、何パーセント経過したかが視覚的にわかるようになっているそうです。

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2024年6月21日
株式会社くいんと 技術開発部
OPTISHAPE-TS プロダクトリーダー
島田 誠


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