Column 141. この半世紀における構造解析ソフトウェアの変遷と弊社のソフトウェア開発

第5話 CAE先駆者との出会い

1977年に、これまで私が経験してきた連続体を扱うソフトウェアとは明らかに趣を異にするソフトウェアに出会いました。 それはシンシナティにある SDRC(Structural Dynamics Research Corporation)という会社の MDL(Mechanical Design Library)です。

当時 Comshare社、GE社の MarkⅢ(日本では電通国際情報サービス社が担当)そして CDC(Control Data Corporation)の CYBER NETタイムシェアリング・サービス等で、一般利用に供されていた製品です。

このソフトウェアは、機械構造に起こる様々な振動問題を解決するために、それまでの経験を生かした痒いところに手の届く、素晴らしく使いやすいソフトウェア群で構成されていました。 一部の大手製造業の振動を専門に扱う方々には結構支持されていました。

私は1978年に SDRC を訪ね、色々な面でカルチャーショックを受けました。 彼らの専門は機械振動問題のコンサルティングであり、そのために実験・計測、解析、またはそれらを組み合わせたコンサルティングを日常業務としていました。 丁度訪ねた時には大きなプロジェクトを終えた直後(GM社のキャデラック・セビルの振動問題を解決し、従来の開発期間を1年短縮した)で、その例の一部を見せてくれました。

驚いたのは、200本足らずの梁だけで乗用車の外形を構成し、エンジンは何とその内の1本の梁に繋がった丸い球(集中質量)です。 しかも、コンポーネント毎にモーダルパラメータと呼ばれる等価な剛性、質量、減衰などの値を有限要素解析、加振実験等から求め、部材の連結部をばねやダンパーで結合し、そのパラメータをチューニングすることで、実車の挙動に合うモデルをコンピュータ上に作り上げます。 これで様々な外力が入力された時の周波数応答が計算できると話してくれました。

この方法は実験と解析の融合(いいとこ取り)で、彼らは「BBA(Building Block Approach)によるシステムシミュレーション」と呼んでいました。 成程実用的な方法だと感心したのを覚えています。

そして、もう一つ重要な話を聞きました。SDRC 創業者の Lemon博士(当時会長)が、 「これからの機械構造の設計は、設計工程の早い段階で、コンピュータ上に実形状を持つ数学モデルを作り上げ、性能評価(有限要素法等を使った数値シミュレーション等)を行い、設計の質を上げておかなければならない。[ 設計-評価-戻り-試作 ] を繰り返す従来のやり方では、これからの熾烈な競争には勝てない。」と、こちらの目を見てゆっくり語りかけるように話してくれたことが強く印象に残っています。

この実形状を持つ数学モデルというのは、後に GEOMOD という彼等の 3Dソリッドモデラーを見て納得しました。 そして、この時聞いた話はさらに壮大な哲学を携えて、1980年に CAE(Computer Aided Engineering)という言葉とともに世に登場します。

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もう一つ、第3話で予告をしました、汎用構造解析ソフトウェアとは少し違いますが、目的を絞った専用コードの話を致します。

1982年頃だったと思います。 日本機械学会で核燃料輸送容器(CASK)の落下時の挙動を研究する分科会「RC62キャスク構造解析研究分科会」が始まり、私も参加しました。

当時、私の会社には、衝突のような極短い時間に大きな加振があり、応力波が伝播して、大きな変形を伴う現象を専門に扱う解析コードはありませんでした。 このような現象を扱うコードとしては、差分法をベースとした Hydro-Dynamicsコード、HEMP、STEALTH、PISCES 等が知られていました。 いずれもアメリカの軍事研究を主体とする国立研究所の研究をベースとして作られ、一部は商用化されたコードです。

前後して、サンディア国立研究所の Key博士による2次元/軸対称有限要素法非線形衝撃応答解析コード HONDOⅡを知り、 さらにローレンスリバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)の Hallquist博士が DYNA3D という3次元コードを作っていることも知りました。 LLNLに手紙を書くと、「興味があったら詳細を話すので、一度 LLNL に来ないか?」という誘いの返事が来ました。

早速渡米し、サンフランシスコ国際空港でレンタカーを借り、LLNL に直行しました。 部屋に通されるといきなり、Hallquist博士は Explicit の DYNA2D/3D、Implicit の NIKE2D/3D の違い、 計算スピードを上げるために、要素ライブラリは HEXA8 要素のみ、要素剛性を計算する際の数値積分点は重心1点のみ、 積分点の不足によって励起されるアワーグラスモードの制御の仕方、Cray 1s用に徹底的なベクトル化を行ったこと、 プリプロセッサとして MAZE、INGRID、ポストプロセッサとして ORION、TAURAS を仲間が開発してくれたこと等々、 多くの話題を切れ目なく機関銃のように話してくれました。

夕方になり「家に来ないか」と誘われ、彼の VOLVO に乗って彼の家にお邪魔しました。 家には DEC社から貸与されたという VAX11/730(当時日本では1千万円位しました)が置いてあり、研究所の Cray 1s と回線で繋がっていて、「好きな時に修正したプログラムをサブミットして実行できる」と目を輝かせて話してくれました。

彼の奥さんがあやしていた赤ちゃんは、確かまだ生後3か月くらいだったと思いますが、ぐずっても一切お構いなしに DYNA の話を続ける様子は、アメリカにもこんな「仕事命!」の人がいるのだと、妙に感心したことを今でも鮮明に覚えています。

夕飯をご馳走になり、帰り際に 「日本からわざわざ来てくれてありがとう。私を訪ねてくれた日本人はDr. Nakazawa(故 中沢晶平博士)に続き2人目だ。 5本のテープに、LLNLで自分と仲間が作ったソフトウェアの全ソースプログラムを入れた。解説書と共に持って帰って欲しい。 変更は自由だが、変更した部分は連絡して欲しい。良い技術交流をしよう。」

この展開にはさすがに驚き、「Cray用のプログラムを自社のIBM機で実行できるように改変してビジネスをしても良いか?」と思わず聞きました。 すると「法的な部分は然るべき部署に確認して欲しい。自分の想像だが、その変更した部分に価格をつけてビジネスをするなら問題ないのではないか。 このコードはパブリックドメイン扱いになっているので、そのままの姿でビジネスを行うことは禁止されている筈だ。」

そして、最後に「再来週、日本からあなたの同業者が2人訪ねて来る。私は最初に訪ねてくれたあなたを優先する。」といって、 また車を置いてきた研究所まで送ってくれました。アメリカにも「義理・人情・浪花節?」があると思った瞬間でした。

その後彼は、LSTC(Livermore Software Technology Corporation)を創業し、DYNA3D の機能を大幅に発展させた LS-DYNA を発表しました。 今では世界中の衝突解析の定番となって、多くの製造業に幅広く支持されていることは周知の事実です。(昨年、LSTCはANSYS社の傘下に入りました。)

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他にも、MSC/DYTRANPAM/CRASHRADIOSSAUTODYNABAQUS/Explicit 等がありますが、ここでは割愛致します。
次回はいよいよ私の起業の話を致します。

第6話に続く...

自宅にて. 
石井 惠三 


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