第3話 汎用構造解析ソフトウェアの生い立ち(2)
MSCは社名をMSC Software社に変え、MSC.Nastranとして、一方のSiemens PLM Software社はNX.Nastranとして現在も発展を続けていることは周知ですね。
NASTRANは独自にDMAPという記述言語を持ち、多くの解析機能そのものがこのDMAPを用いて記述され、 その中でよく使われる解析機能はシーケンスxxxとして標準で備わっています。もし特殊な処理や、独自の機能が必要になった場合でも、 DMAPを使って自分でカスタマイズすることが可能なシステム設計が最初から為されていたのです。
アメリカやヨーロッパでは、かつてNASTRANの開発に携わった人達が、このDMAPを駆使し、
標準では準備されていないカスタマイズをビジネスにしています。
彼らは ’Nastran Consultant’ と呼ばれ、50年経った今でも現役で活躍している人達がいます。
これもNASTRANの初期設計の素晴らしさを物語る一例といえるでしょう。
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MSC/NASTRANと前後して電機・原子力等を扱うWestinghouse社の Astronuclear Laboratoryで、 FEMによる構造・熱解析ソフトウェアを開発していたSwanson博士が、 1970年にSASI(Swanson Analysis Systems Inc.)を設立しANSYSを発表します。
ANSYS はその市場をNASTRANと上手く棲み分け、順調に発展しました。 Swanson博士がCEOを退いた後も、SDRCでI-DEASを統括していたCashman Jr.氏が新たにCEOに就任し、 Multiphysicsのプラットフォームを目指し、様々な機能を強化しました。
Multiphysics解析では、Hughes教授、Taylor教授が中心になって開発した Multiphysics解析ソフトウェア Spectrum を有するCentric社がありましたが、ANSYS社の傘下に入りました。 その後、流体解析でトップシェアを持つFluent社、電磁場解析でトップシェアを持つAnSoft社を次々に買収し、 総合CAEソフトウェアベンダーとして独自の地位を築いて行きます。
ANSYSもまたカスタマイズを望むユーザーに対し、APDLというスクリプト言語を用意し、近年では Workbenchという Windowsネイティブ GUI を用いた開発環境を用意し、ユーザーが独自にカスタマイズ出来る環境の開発に力を入れています。
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ANSYS と時をほぼ同じくして、Brown大学で非線形有限要素法の研究をしていたMarcal教授が 高速増殖炉の熱、構造、クリープ解析を念頭に学生達と開発した MARC を、1972年に彼の設立した会社 Marc Analysis Research Corp. からリリースしました。
MARC はその後、原子力関連分野では定番のコードとして成長しましたが、MARCの代表的開発者であったHibbitt博士が MARC社を去り、Hibbitt, Karlsson & Sorensen Inc.を設立し、1978年に ABAQUS を発表しました。 その後しばらくは熾烈な戦いが続きましたが、MARCはMSC Software社の傘下に入りました。 ABAQUS の驚異的発展は周知で、Dassault Systemesの傘下に入った後も、非線形有限要素法の分野における第一人者の座に君臨し続けています。
ABAQUSはPythonを基にしたスクリプト言語を用意して、ユーザーのカスタマイズの要求に応えています。 中にはPythonを駆使して ABAQUS の中にX-FEMを作り込み,亀裂進展の問題を独自の手法で解いている研究者もいます。 果たして ABAQUS を使う必要があったかどうかは定かではありませんが、この手のマニアックなユーザーが独自のコミュニティーを形成して、 本体の汎用ソフトウェアの発展が促される構図は、他のメジャーな汎用ソフトウェアもほぼ似ています。
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さて、これまで世の中に出てきた汎用ソフトウェアの中には、現在はその使命を終えたもの、現在も地道に発展を続けているもの等様々です。 これらのソフトウェアについても覚えている限り名前を紹介しておきます。
1960年代、MITとIBMが共同で手掛けた フレーム構造解析ソフトウェア FRAN は、 我国でも多くのユーザーが利用した著名なソフトウェアです。またアメリカでは造船業を中心に STARDYNE が使われました。
1970年代は、前述したメジャーなソフトウェアの他に、イギリスの Nottingham大学で開発された PAFEC、 London大学で開発された LUSAS があります。 いずれも非線形解析機能が豊富に用意され、非力なミニ・コンピュータ資源でも利用できるように、 ソフトウェアは必要なモジュールのみを組み合わせて使うコンパクトな形式を採用していたのがいかにもイギリス製らしい工夫でした。
またフランスの原子力公社FRAMATOMEは原子力機器の構造解析のために整備した自社コードの商用化をはかり、 TITUS という名前で市場に出ました。後にESI社が買収し SYSTUS と改名しました。 オーストラリアには STRAND があり、世界に進出しましたが、既に寡占状態の市場を崩すことは出来なかったようです。
ベルギーのLiege大学のグループにより開発された SAMCEF(現在はSiemens PLM Software社)は非線形解析機能が豊富で、
特にサブシステムのMECHANOは弾性変形を考慮したMulti Body Dynamics現象を取り扱うことが可能でした。
これは、その後の汎用構造解析ソフトウェアに少なからず影響を与えました。2000年代に入り汎用非線形構造解析ソフトウェアの一部が
Multi Body Dynamics機能を取り入れ、Adams や RecurDyn 等の Multi Body Dynamics専用コードも弾性変形を取り入れたことで、お互いのコラボも進みました。
他にも、高次要素(3次セレンディピティ要素まで)を備え、線形弾性解析において要素数を極力減らそうと試みた SDRC/SUPERB がありました。そして見た目は SUPERB によく似ていて、後に非線形解析や複合材料解析まで機能を拡げた EMRC/NISA 等も一部の製造業で利用されました。
1980年代に入り若干特殊用途ではありましたが、衝突の問題がクローズアップされました。
元々はアメリカの軍事研究を行う国立研究所で1950年代から開発されて来た、差分法/有限要素法によるオイラー座標/ラグランジ座標を用いた
Hydro Dynamics Code が一部で注目され、民間の利用、特に自動車産業において調査、研究が活発化しました。
日本機械学会の中に、核燃料輸送容器の転倒をテーマにした調査研究分科会が出来たのもこの頃です。
衝突は一瞬の短い時間に大きな衝撃荷重が入力されることから、それによって生じる応力波の伝播を考慮しなければなりません。 それまでの著名な研究機関で開発された解析コードは、差分法による離散化が大半でしたが、後述する Lawrence Livermore National Laboratory で Hallquist博士が開発した DYNA3D の出現で、有限要素法による離散化にも注目が集まりました。
それまでにも、Sandia National LaboratoryでKey博士が開発した HONDO は平面/軸対称ソリッド構造を対象にした、 有限要素法による離散化を用いたコードがありましたが、DYNA3Dには実に様々な工夫が成されていました。
この衝突解析コードについては後で触れようと思います。
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次回は、汎用構造解析ソフトウェアの発展の陰でソースコードを公開した、研究者が自ら改良/拡張できるパブリックドメイン扱いのソフトウェアを紹介致します。
第4話に続く...
自宅にて.
石井 惠三
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