Column 141. この半世紀における構造解析ソフトウェアの変遷と弊社のソフトウェア開発

第1話 有限要素法との出会い

本年に入り、中国武漢で起こった新型コロナウィルスによる肺炎の流行は、あっという間に全世界を巡り、ゴールデンウィークに入った今でも収まる気配すらありません。
今も医療に従事する方々が、防護服やマスクが不足する中、命がけで一人でも多くの患者さんを救うために最前線で戦っておられる姿を見て、 感動と共に強い尊敬の念を抱きました。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、1日も早い事態の終息を願っております。

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さて、様々な面で普段とは異なる生活に戸惑いを隠せませんが、外出自粛の時期を利用して、私がこの半世紀の間にリアルタイムで接した、 あるいは見聞きした大型汎用構造解析ソフトウェアのお話と、それら汎用ソフトウェアの隙間をぬってチャレンジを重ねた弊社の専用ソフトウェアの開発の話題を絡めて、 「CAEソフトウェアの半世紀」について簡単に楽しんでいただける読み物を気の向くまま書き下ろしてみました。 時間を持て余している時にでも一度覗いていただければ嬉しいです。

なお、本稿には一般社団法人日本計算工学会が発行する計算工学の「ちょっと一息」のコーナーに連載された内容、 そして計算工学講演会で発表した「国産CAEソフトウェアの開発に携わって40年」の内容が含まれています。
50年の歳月を重ねるうちに資料はどこかに失せ、怪しい記憶ばかりが頭に残った状態で書き下した文章です。 「いい加減な表現」や「間違い」も多々あると思いますが、暇つぶしの話としてお許しいただきたく、もし間違いに気付かれたら、 遠慮なくご指摘いただければ幸いです。

ではスタートしましょう。


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私は丁度50年前の1970年、折しも大阪で万国博覧会が開催された年に、旧財閥系の大手都銀が作った情報処理サービス会社に第一期生として入社し、社会人としてのキャリアをスタート致しました。 会社の業務の大半は事務系であったにも拘わらず、自分を含めた工学部出身の何人かは、大阪に新設された科学計算部という部署に配属されました。

最初に与えられた仕事は、同じグループの建設会社のプレストレスト・コンクリート橋の強度計算プログラムの開発で、上司のHさんの指導の下で一部を担当しました。 このプログラムで計算したPC橋が現在も荒川に架かっており、車で側を通るたびに、その美しい緩やかな円弧の形を見て当時を懐かしく思い出します。
余談ですが、この時の発注者のリーダーは大の車好きで、大阪で打ち合わせがあるたびに、当時はまださほど混んでいなかった深夜の東名・名神高速を自慢のカペラ・ロータリーでぶっ飛ばして来るのが常でした。 当時の新幹線ひかりは東京-新大阪間が3時間10分(料金:4,130円)、それに在来線、バス等の2時間を加えると「所要時間は変わらない」というのが彼の口癖で、当時そのカッコよさに憧れたのを覚えています。 (彼は後に一部上場のこの会社の社長になりました。)

この仕事が続いている最中に、上司のHさんから「別の土木建設会社と有限要素法勉強会を始めるので君も出ろ」といわれ、 「有限要素法」という初めて聞く言葉に、梅田の紀伊國屋に本を探しに出掛けました。
すると出版されたばかりの Zienkiewicz と Cheung の訳本「マトリックス有限要素法(培風館)」が目に入り、 隣に並んでいた Martin の訳本「マトリックス法による構造力学の解法(培風館)」も気になって、ちょっと高かったのですが(2冊で給与の10%強)思い切って購入しました。

大学の専攻は電子工学ですが、当時は全共闘運動がピークの時期で、教室はロックアウトされほとんど勉強した記憶がなく、構造力学や材料力学も初めて聞く言葉でした。
2冊の本の前者は、本の後ろにFORTRANで書いたプログラムが載っていました。大学でプログラミングを独学していた私にとって、これはとても助かりました。 このプログラムを読みながら本に戻って理屈を理解するという、一種の「リバース・エンジニアリング?」をしながら、力学の分野を少しずつ勉強していきました。

さて、この「有限要素法」は、我々構造解析に携わるものにとって原点といわれる有名な論文が1956年にボーイング社の Turner らによって書かれています。

Turner, M. J., Clough, R. W., Martin, H.C. and Topp, L.J.
Stiffness and deflection analysis of complex structures.
J. Aeronautical Sci., 23 (1956)

そして4年後に第2著者の Clough により、この手法は「有限要素法」と命名されました。

Clough, R.W.
The finite element method in plane stress analysis,
Proc. of 2nd Conference on Electronic Computation, ASCE, New York (1960), pp.345-378.

1960年に開催された米国土木学会の第2回電子計算会議における講演で初めてFEMという言葉が出てきた訳ですが、同じ会議でもう一つ構造最適化の注目すべき講演がありました。

Schmit, L. A.
Structural design by systematic synthesis,
Proc. of 2nd Conference on Electronic Computation, ASCE, New York (1960), pp.105-122.

Schmit の講演は、天井からぶら下げた3本の棒を先端で束ね、複数の条件で引っ張ったときの、3本の棒の重量を最小にする、 棒のそれぞれの断面積、束ねた点の移動位置を決定する問題を例に、解く手順を解説したものです。 それは状態方程式、最適化ともマトリックス記述をし、構造計算と数理計画法を行き来しながら、計算の自動化まで考慮したものでした。

興味深いのは、Schmit が Optimization という言葉ではなく Synthesis という言葉を使っていることです。彼の目には半世紀先が見えていたのかも知れません。
論文の中のプログラムはSOAPという機械語に近い言語で書かれたそうですが、このプログラムを書いた学生は、Donald Knuth で、 彼は後年スタンフォード大学の教授になり、電子出版の定番となった「TeX」を開発した人物として広く知られています。

余談ですが、有限要素法の考え方については、数学、応用数学分野の方々は、Courant の業績をあげます。 Courant は変分法等で有名な著名な数学者ですが、アメリカに渡る前のドイツのゲッチンゲン大学で、数学者 Hilbert の指導で博士及び教授の資格を取っているようです。

Courant, R.
Variational methods for the solution of problems of equilibrium and vibrations.
Bull. Amer. Math. Soc. 49 (1943)

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次回は、60年代後半から開発が活発になった、汎用構造解析ソフトウェアのお話を致します。
驚くべきことに半世紀も前に開発が始まった汎用構造解析ソフトウェアのいくつかは、現在でも発展を続け市場で大活躍をしています。

第2話に続く...

2020.05.06 自宅にて. 
石井 惠三 


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