Column 141. この半世紀における構造解析ソフトウェアの変遷と弊社のソフトウェア開発

第4話 SAP - パブリックドメイン ソースコードの公開 -

これまで著名な汎用構造解析ソフトウェアを紹介して参りましたが、ここで商用コードの流れとは異なる別の流れも記しておきたいと思います。

冒頭に触れた有限要素法を Turner 技師らと共に研究し、その後大きく発展させた Clough 教授が所属した California 大学 Berkeley 校の地震研究所は、 有限要素法プログラムの開発を精力的に行い、パブリックドメイン扱いで精力的にソースコードを公開しました。

一般構造解析では、Wilson 教授の SAP はソースコードが媒体の磁気テープ代+マニュアル代および事務手数料程度で誰でも手軽に入手でき、 この分野の研究者や技術者がこぞって入手し利用しました。

SAP4 のソースプログラムは約14,000行の FORTRAN で書かれており、日本からでもマニュアル・例題付きで400米ドルで入手できました。 (当時の円・ドル相場は300円/ドル程度だったと思います。)

私はこの SAP4 から様々な事を学びました。
コンパイル後に種々のライブラリを連結させるリンクエディットの段階で、排他的な構造で同時に使うことがないモジュールをオーバーレイ構造として定義し、メモリに読み込むモジュールを制限してメモリ効率を上げる手法は、当時 dll のような仕組みはまだ実現できておらず、 さらに現在のように潤沢なメモリがなかった時代、これは素晴らしい考えでした。

そして擬似ダイナミックメモリ管理手法(大きなスタティックな配列を1つ定義し、その中を必要に応じ細かく分割して使用する方法)は、 ユーザ自身がメモリを細かく管理出来るので、計算途中でメモリ不足に陥るというトラブルを防ぐことが出来ました。

他にも、非適合モードを通常の変位関数に加えて、連続性を多少緩めながらも曲げ変形に対する精度を向上させる手法や、 トラス/ビーム、ソリッド、薄肉/厚肉シェル、パイプ要素など、多彩な要素もとても参考になりました。

また、時刻歴応答の解析では、時間軸の積分に定番の Newmark β 法を改良した Wilson 教授の θ 法を採用、また実固有値解析には、 MIT に移籍する前の Bathe 博士が開発したサブスペース反復法が採用されていました。

これら最新の機能を満載したソフトウェアのソースコードを惜しげもなく配布したことは、私を含む有限要素法構造解析ソフトウェア開発に携わる者にとって、 どれだけの恩恵をもたらしたか計り知れません。

SAP4 で使用した理屈を、Bathe 博士と Wilson 教授は本に纏めて出版(Numerical Methods in Finite Element Analysis, Bathe & Wilson)し、 我国では菊地文雄 東京大学助教授(現 東京大学名誉教授)の翻訳で「有限要素法の数値計算」というタイトルで出版されました。

有限要素法の数学理論が専門の菊地先生の訳は、その英語力もさることながら、全ての数式を実際にチェックされて訳されたもので、非常に完成度が高い書籍です。 もし幸運にも古書店でこの本を見つけられたら、是非手に取って目を通して欲しいと思います。

その後、Bathe 博士は非線形問題に適用するために NONSAP を開発し、Berkeley を出て MIT に移り助教授となり ADINA を開発しました。 そして教授となった後も ADINA の拡張を進め、彼の設立した ADINA Inc.を通じて商用化しました。Bathe 教授のこだわりでもある非線形問題をきっちり定式化するスタイルを崩すことなく、現在も発展を続けています。

SAP4 はその後、改良を受け SAP5 に。さらに SAP ユーザーズグループの事務局が Southern California 大学の Weingarten 教授の元に移り、 Babcock & Wilcox 社で非線形解析機能が付加され SAP6 となりました。 Weingarten 教授は1982年に Structural Research and Analysis Corp.(SRAC)を設立し、SAP6COSMOS という名前に変更し商用コードとしました。 (余談ですが、この頃 JPL の Carl Segan 博士の COSMOS という宇宙本に感動したことを今でも覚えています。)

COSMOS は FFE(Fast Finite Element)と呼ぶ、超高速の反復法ソルバーを整備し、SOLIDWORKS の環境下でシームレスに稼働する COSMOS Works へと発展し、 2001年には Dassault Systemes 社の傘下に入り、現在に至っています。

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欧米において巨大な汎用構造解析ソフトウェアが次々に生まれる中、我国でも1970年に大型の構造解析ソフトウェアの開発が始まりました。 (社)日本造船研究会が中心となり、造船工業会および海事協会、日本政府等の補助金を基に、学・産の共同体制で大型プロジェクトを組んだ、 船殻設計を対象とする構造解析ソフトウェア PASSAGE です。
故 川井忠彦 東京大学教授を研究リーダーに、日本CDC、数値解析研究所、日本ユニバック総合研究所がプログラム開発を担当しました。 3次元静的弾性膜変形および応力の解析を目的とし、大次元問題に対応するためにマルチレベルサブストラクチャ法を採用、 船体構造のインプットデータの自動生成機能やズーミング計算機能、出力としてプロッタによる作図機能も用意されました。

対象となるコンピュータは、後にスーパーコンピュータ Cray を設計した故クレイ博士の傑作機 CDC6600、 そして日本ユニバック社に設置されていた UNIVAC1108 という当時の科学技術計算向けの最高級機が充てられました。

1970年代半ばになると、国内でも重工業や造船、電機等の業界では、構造解析の興味の対象は弾性から弾塑性、粘弾性、座屈、大変形等いわゆる非線形問題に移り、 各社がこぞってこれらの問題解決のために自社でプログラム開発を積極的に行いました。 同時に、伊藤忠電子計算サービス社(現CTC社)を筆頭に、国内大手計算センターには ASKAMSC/NASTRANANSYSMARC 等の 海外の著名な汎用構造解析ソフトウェアが次々に導入され、続々と一般利用サービスが始まりました。

1974年、動力炉・核燃料開発事業団が高速増殖炉を対象にした技術調査「RC37非弾性構造解析プログラム分科会(主査:故山田嘉昭東大教授)」を日本機械学会に委託しました。

これに参加した同じグループの重機械工業の研究所のYさんの下で、私も定常/非定常熱・弾塑性・クリープ解析を行う軸対称有限要素法解析プログラムの開発を手伝い、 プロジェクトで出された標準ベンチマーク問題をこなしながら、高速増殖炉の圧力容器、連続鋳造機、圧延機などの問題に適用し、都度プログラムの改良に努めました。 (Yさんは、後に一部上場のこの会社の専務取締役になりました。)

この JSME の研究プロジェクトをきっかけに、センチュリ・リサーチセンタ社(現CTC社)は動燃からの委託で、 高速増殖炉の構造上の種々の問題を解決するためのツールとして、 国産の汎用非弾性構造解析システム FINAS(FInite element Nonlinear Analysis System)の開発を1976年から始め、 1985年からは一般利用にも供されています。

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さて、次回はこれまでに紹介しました汎用構造解析ソフトウェアとは少し趣を異にする、様々な機械振動問題を解決するために、 実験・計測、解析に必要なソフトウェアライブラリを作った SDRC のお話を致します。

第5話に続く...

自宅にて. 
石井 惠三 


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