Column 141. この半世紀における構造解析ソフトウェアの変遷と弊社のソフトウェア開発

第2話 汎用構造解析ソフトウェアの生い立ち(1)

前回、私が50年前に有限要素法と出会った顛末を書きました。 今回は、1960年代後半から開発の始まった「汎用構造解析ソフトウェア」について紹介したいと思います。

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入社から半年経ったころ、関西電力のYさんが主催する「近畿ICES研究会」という私的研究会に参加するようになりました。 ここで、ICESについて少し紹介します。

ICESは、1950年代後半から60年代半ばにかけてMITの土木工学科の Miller 教授らによって開発された、今でいう統合CAEパッケージのような壮大なシステムです。

ICESは様々な用途に応じたサブシステムで構成され、構造解析ばかりでなく、簡単なデータベース管理システムを持ち、 使った部材の積算システムや、問題に特化したシステムを構築するための POL (Problem Oriented Language) : ICETRAN を備えていました。

開発の初期段階では、道路計画の作業を自動化するために、地形の座標の取り込みや、計画作業の自動化を行うために ROADS、COGO 等のシステムが開発され、 これらのシステム間でデータを共通に使える工夫をしています。 さらに、橋梁や建築等の梁構造のたわみや断面力を計算するシステム STRUDL が開発され、その後連続体要素も加わり、 終盤はこれらが 1つのまとまったシステムとして構築され ICES(Integrated Civil Engineering System)と名付けられました。

半世紀以上も前のコンピュータの能力を考えれば、Miller教授が率いたグループが現代でも通用するしっかりした概念を持つシステム開発を行っていたことは驚きです。

このICESの中の構造解析サブシステム STRUDL は、後に主要開発者の数名が McDonnel Douglas Automation社(McAuto)や Georgia工科大学(GIT)に移り、 それぞれ McAuto/STRUDL、GT-STRUDL 等を商品化しました。
いずれのソフトウェアもICES/STRUDLの特長である、使いやすさ・入力データの自動生成機能等の特長を継承し、一部は我国にも導入され企業で実務に供されています。

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1960年代半ばといえば、コンピュータの世界でもIBM社が「汎用コンピュータ」という概念を定着させた Amdahl 博士の設計チームが System360(1964年)を発表し脚光を浴びました。
バイト(8bitをまとめた単位)という概念により、ビジネス用の計算も科学技術計算も同じコンピュータで統一的に扱えるようになったというのが売り文句であったと記憶しています。 (それまでは科学技術計算と事務処理計算はそれぞれ専用のコンピュータで処理をしていました。) そして、s/360 シリーズは小さなモデルから大きなモデルまで共通のアーキテクチャでスケーラブルであり、コンピュータ・アーキテクチャの歴史を語る上では特筆すべきモデルでした。

この s/360 の成功で、IBM社はライバルであった BUNCH(Burroughs社、UNIVAC社、NCR社、CDC社、Honeywell社)を大きく引き離し、 1980年代に Engineering Work Station および PC が出現する迄、汎用コンピュータの領域で独走することになるのです。

s/360 を設計した Amdahl 博士は、その後IBM社を退社し自身でアムダール社を設立し、いわゆる「互換機ビジネス」を産み出すことになります。

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汎用コンピュータが大きく発展した1960年代後半からは、構造解析ソフトウェアもそれに歩調を合わせるかのように大きく発展しました。

1965年にはNASAでアポロ計画を支援する有名な NASTRAN の開発が始まりました。 一方、ロンドン大学から Stuttgart大学航空工学科に移籍した Argyris 教授率いるグループにより ASKA が開発されました。
ASKA は、NASTRAN が基本とした節点の変位を未知数とするいわゆる変位法とは対局の、要素内及び要素境界の応力・境界の変位を未知数とするいわゆる応力法を基本とし、 動的問題・座屈を含む非線形問題・大規模な対象への適用など、段階的に開発を進めました。

前述した構造解析ソフトウェアは起こりうる主要な問題を幅広く解けるように汎用化を強力に推し進め、ここに「汎用構造解析ソフトウェア」という概念が確立しました。

1970年代後半になり、大手企業が続々と汎用ソフトウェアの採用に踏み切ったのには幾つかの理由がありました。
第一に、1960年代後半から続々と企業に入り始めた高価な大型汎用コンピュータ向けに、企業の研究者達は当時話題の最先端にあった有限要素法を駆使して、 自社で抱える問題を解決するためにプログラムを作り、社内利用を推進しました。

ところが、NASTRANに代表される海外の巨大な汎用ソフトウェアは、多くの解析機能は勿論のこと、豊富な要素ライブラリ(教科書に載っている要素に比べ、はるかに洗練された精度の良い要素を独自に開発)を備え、 最先端の理論で構成された高速でロバストな大規模多元連立一次方程式や固有値の求解手法、実際の構造の挙動を可能な限り正確に模擬するために、多点拘束や慣性リリーフ等の多彩な境界条件を備えていました。 さらに世界の主要な企業で使われ、バグフィックス、利用者の要望を取り入れた機能拡張、豊富な計算例、そして彼らは複雑で時間が掛かり間違いやすい有限要素モデルの生成機能や、 算出された結果を評価するための可視化ソフトウェアなども併せて整備して行ったのです。

当時の汎用コンピュータは 1システム数億円〜10数億円以上と高価で、同じようにソフトウェアの開発にも莫大な人と費用が必要であったこともあり、 初期の頃には目的に応じた専用ソフトウェアを自社開発していた企業も、そのメンテナンスに想像以上の人的資源、お金と時間を投資しなければならないことに気付き、 世代交代の時期に、世界中で使い込まれたこれらの汎用ソフトウェアを使うことが、結局少ない投資で大きな効果を見込めることを理解し、続々と採用に踏み切ったのは至極必然といえます。

話を戻しましょう。
1970年代に入ると、ASKA は商品としてヨーロッパを中心に実績ができ、我国でも伊藤忠電子計算サービス社(現CTC社)が武田洋博士(後に法政大学教授、元日本計算工学会会長)を中心に ASKA の導入に踏み切り、CDC6600 による一般利用を可能にしました。
現在 ASKA の名前は消えましたが、組織を引き継いだ INTES社がコードを全面的にリニューアルし、PERMAS という名前でヨーロッパを中心に世界で販売されています。 豊富な非線形機能を有する巨大なシステムですが、綺麗にモジュール化され効率良く高速に稼働するようです。

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さて、NASTRAN は NASA における当初の開発を終了し、1969年に COSMIC から公開されました。
その後、開発の主要メンバーであった MacNeal 博士が率いる MSC(MacNeal Schwendler Corp.)が NASA とメンテナンス契約を結ぶ一方で、 商用ソフトウェアとして独自の発展を遂げて行きます。

MSC/NASTRAN は、航空機・自動車産業を筆頭に世界中で導入が進み、途中 COSMIC バージョンから派生した CSA/NASTRAN、UAI/NASTRAN 等のライバルを傘下に収め、市場をほぼ独占したかに見えました。
しかし、反トラスト法違反の申し立てを受け、裁定後に UGS社(現、Siemens PLM Software社)にソースコードを渡すことで和解しました。

これにより、再び大ソフトウェアベンダーによる複数のNASTRANが市場を賑わすことになります。

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次回は汎用構造解析ソフトウェアの黎明期に焦点を当てます。

第3話に続く...

自宅にて. 
石井 惠三 


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